お題「恩師」~牧野希世
稽古は連日続いておりますが、なかなか写真など撮れず、稽古場の様子のお届けが難しいです…。
というわけで、本日もお題から参ります。
他の方はこちら。
Q.「恩師」にまつわるエピソード、もしくは連想するものを教えてください。
A.牧野希世
「恩師」というと思い浮かぶ方は、小学6年生の時の担任の先生です。
在学中はもちろんなのですが、中学校に入って、人間関係に行き詰まってしまったときに本当にお世話になりました。
私の入った中学校は、市内でも有名な荒れている中学で(苦笑)、中学の先生方はわりと上から抑える指導でした。平たく言えば怒鳴ったり諸々。
小学校はわりと和気あいあいとした雰囲気だったので、真逆の雰囲気になじめず、中学の先生には相談できませんでした。
脱線しますが、同じ子どもが小学校から中学校に上がるだけで、なんであんなに雰囲気が変わるんでしょうね。
先生が「お前たちは荒れている」という接し方をするから変わるんじゃないかなぁ。
私の出身中学の荒れ方は、先生と生徒の相互不信が原因だった気がします。
で、うろうろと迷った挙げ句に小学校に顔を出して先生に泣きつき、いろいろと聞いていただいたおかげで、なんとか中学にも通えた…という経験をしました。
当時はまだ学校に行かない状態を指す言葉が「不登校」ではなく「登校拒否」で、子ども本人が能動的に「拒否」しなければならない雰囲気がありまして。
いや拒否するほどではないけど、でも学校行きたくないなぁ、辛いなぁ…という、かなり微妙な状態を救っていただきました。
その後、高校に入った後(10㎞先まで自転車で通っていました。田舎の宿命です!)、通学路の途中(真ん中辺り)に先生のお宅があったため、何度かお邪魔して、話を聞いていただきました。
あ、高校生の頃は特に悩みはなく、近況報告だったと記憶しています。
今でも先生とは年賀状のやりとりが続いております。
余談ですが、私は3人姉弟の長女でして、この先生には姉弟3人とも担任していただきました。
私の母とは大変気が合い、また覚えていただいたらしく、昨年の先生からの年賀状に、「退職して尾瀬に登山に行ったら、きよちゃんのお母様とばったり会いました」と書かれていて、母をご記憶であることに仰天しました。
もうなるべく母にばったり会うのは無しの方向で、と思いつつ(私の母は登山が趣味なので、行く山が重なる恐れが…)、いつまでもお元気で登山を楽しんでくださることを祈っております。
以上、牧野さんの「恩師」でした。
10㎞先まで自転車…?と思いましたが、牧野さんの中学校は、学校から直線距離2㎞以上の位置に自宅がある子は自転車通学だったそうです。学区内で一番遠い所は3.5㎞程度だったとか。
東京とはスケール感が違います…。
さて、ブログは続きます。